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今、手元にある毎月の「指導内容提案書」や毎回の「指導レポート」を振り返ってみると、SS−1と出会ってから、やはりいろいろな事があり、その時々に、いつもアドバイスを受け、支えられてきたのだなぁと、感謝の思いで一杯です。
<SS−1との出会い>
5年生の春、大手塾H学園の飛び級生でしたので6年生に在籍していました。
やはり、精神年齢の違いもあるのか、国語、特に記述が書けない。
記述指導を集団授業の中で期待することは難しい、と考えSS−1の扉をたたきました。この時、本人なりの「わかる!」を体験したらしく「SS−1に絶対通いたい」と主張しました。
最レや日特の宿題の山のなかで、一人苦しんでいたことからも解放されたのかもしれません。
<H学園の先生方の突然の辞任>
あまりにも突然に、信頼していた先生方の辞任。
子供は大人の理不尽な行動に動揺し、塾から泣いて帰って来た日。
子供は、これほど先生を信頼していたのに・・・。
講師と生徒の関係は、単に、「学習内容の伝達」にあるのではなく、「心のつながり」が重要であることぐらい、理解されていたはずなのに?
しかし、「捨てる神あれば、拾う神あり」
親も動揺する中、SS−1のO先生に、即
「SS−1の先生方で十分灘対策は可能。安易な転塾は危険。動揺してはいけない」「だいじょうぶ」
とアドバイスを受け、親子ともども落ち着きをとりもどしました。
それに加え、アドバイスだけでなく、休日返上で授業日を設けて下さったA先生。
先生との出会いが「灘中TOP合格」・「開成合格」へと導かれて行く事になったような気がします。
今では、指導への信頼だけでなく、一緒に遊んでくださる?大好きな先生。
SS−1の先生方が好き。だからその指導に応えたい。
子供って、こんな時、信じられない力を発揮するもののようです!
また、この辞任騒ぎで、大手塾1つだけを信頼してはいけない、他の手段も持っておかなければならない、という教訓も得ました。
そのためか、N学園にも籍をおくこととなり、情報は、いろいろなところから採り、後はSS−1の先生方の協力を得て、その情報の取捨選択をするようにしました。
其処までする必要があったかどうかはよくわかりませんが・・・。
<2回目の6年・飛び級の落とし穴>
飛び級の時も、SS−1の先生方の支えがあったので、公開や灘中オープンなど、10傑にほとんど入っていて、成績は安定していました。
このまま何もなく2回目の6年を過ごせるものと思っていたのですが、同じテキスト、同じテストに飽き、「V0の理科と算数以外の授業に出席したくない!!」と主張し始め、結局、最レ・春期・夏期講習など殆ど受講しなくなりました。
そんな中で、SS−1だけが、学習への興味を持ち続け、より高みへと引き上げてくださる、唯一の場所になりました。
まさに、個別対応して頂けたおかげ。
また、SS−1での自習も好きだったようで、かなりの学習量をここでこなしていたようです。
わからないところだけ、すぐそばに先生がいらっしゃるのだから、質問すれば解消されるし、授業の合間に交わす、先生方との会話も楽しかったようです。
まさに、SS−1は「止まり木」になってくれました。
<算数オリンピック・弱点>
算数オリンピックで金メダルや入賞という、すばらしい結果を残した友達がSS−1にいらしたことも励みになりました。
彼はというと、ジュニア算数オリンピック・算数オリンピックと2年連続予選は上位で通過するのですが、本戦では結果が残せない!当然、才能という大きな壁はあるのですが、まさに、ここに、彼の弱点がありました。いや、現在もあります。
大量の課題を短時間に処理する能力は、大手塾で鍛えられたのでしょう。
しかし、そのおかげで「じっくり、考える」ことが出来なくなっているのです。
指導レポートに「飛び出すだけが、人生ではないはず。そのことをよく考えろ」と厳しいけれど的を射たメッセージを頂きました。
この事は、これから先もより必要なこと、と心するものです。
受験だけではない、先を見つめた指導に感謝です。
<各科目の取り組み内容>
どの教科も、H学園の講義はよく欠席していましたが、テキストに関しては2回目なのできちんと自分で解いていました。
その上で、SS−1の教室で、
国語
@.「SIRIUS」高度な文章内容に戸惑い、苦しんだようですが、そのおかげで少々高度な内容の文章に驚かなくなったようです。
A.灘・東大寺・洛南の過去問。特に、記述に関しては、自分で採点することが難しく、授業以外の時間にまで、採点をお願いしていたようです。
B.開成・ラサールの過去問。この2校ともすべてが、記述のみの入試問題。何度も、書き直しをさせられていたようですが・・・。その甲斐あってか、本番の開成入試では解答速報と合わせて見ると、なんとほぼ完璧にちかい出来だったようです。あれ程記述が書けなくて苦しんでいたのに、知らず知らずの内に力をつけて頂いたようです。
算数
@.灘の昭和から平成の過去問。
A.開成・麻布などの東京方面の過去問。
B.銀本による弱点分野の補強。「なるほど。すごい!」という解法に感心し、難問を解く楽しさを教えて頂いたようです。
理科
@.麻布の過去問。
A.過去のNK模試。
先輩達が解けている難問が解けない時は、かなり悔しかったようで、良い刺激になったようです。
各教科、いずれもハイレベルな内容の授業を展開していただき、それが彼にとって新鮮で楽しいものであったようです。
<公開・合否・灘中オープン>
2回目とあって、公開や合否など殆ど1位でした。
よく、公開や合否など、入試問題とはレベルが異なるのであまり意味がない、と言われますが、とりあえず、目の前のハードルを一つ一つ大切に越えて行きました。
前日などに、過去の公開の復習や社会の復習などはしていました。それと早く寝ること!
灘中オープンやプレは、彼が一番大切に、真剣に取り組んだ模試でした。
よく、指導提案書に「1位をとること」とも書かれましたが・・・。
どのテストについても、きちんとSS−1の先生方は評価し、直しまでみてくださいました。これは、子供にとって励みにもなり、その積み重ねが合格につながったものだと確信しています。
<受験が迫って>
12月・1月と受験が迫って来るのに、彼は特別焦ることもなく、淡々と課題をこなしていた様に思えます。
このころの指導レポートに書かれたことは「平常心」・「だいじょうぶ」でした。
「平常心」と言われても、些細なことで、不安におそわれるものです。
しかし、SS−1の教室へ行くことで、先生方と話すことで、彼は、最後まで平常心を保てたようです。
すべき事はしたし、だれにも負けない努力だけはしてきた、という自信だけは持って、入試に臨めたようです。
この頃、結果だけが全てではなく、努力の過程にこそ価値があるのだからと、親子でよく話をしたものです。
<親として、そして最後に>
中学受験に素人の親が、学習内容の指導など出来るはずもなく、指導はすべて安心して、SS−1の先生方にお任せしていました。
これだけ信頼のおける良い先生方に出会えたことは幸せだったし、これで結果が出せないのなら仕方がないと思っていました。
ただ、先生方が書いてくださる、「指導レポート」は毎回きちんと読ませて頂きました。
すべて、一人で学習できる子はよいのでしょうが、やはり12歳、今、彼がどんな学習をしているのかは、ある程度チェックしていました。
親として、受験への不安はつきませんでしたが、月例面談でいつも先生方とお話をさせて頂くことで、親も心の安定を得ていたように思えます。親の心が安定すれば、子供も落ち着いて学習できるものです。親子ともども、本当にお世話になりました。
大手塾だけではここまでの結果は得られなかったでしょう。
今、受験を終え、多くの方から「おめでとう。長い受験勉強期間だったので、大変だったね。」とよく言われます。
確かに、短期間で合格されていく方もいらっしゃいます。うらやましい限りです。
しかし、本人は受験勉強を大変とは感じず、学ぶことを楽しんでいた様にも思えます。
その様に、上手くリードして下さったのも、SS−1の先生方のおかげです。
友達との遊びや読書の時間など、少し犠牲にしてきたものもありますが、これから犠牲にしてきたものを少しずつ拾い集めながら「何かを捨てても努力しなければならない時もある。しかし、努力は必ず報われる」という貴重な体験を忘れることなく、次への一歩を歩んで欲しいと思っています。
本当に、SS−1の先生方、ありがとうございました。
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